ここまでは、あなたの、あるいはあなたの子どもたちの “学力” に直結する話でした。
今日は、将来のことを考えたとき、何が大事、大切になってくるのかという話です。
子どもたちの成功を考えるとき、学力はもちろん大切です。このことを「認知能力」と呼んでいます。この認知能力と同等かそれ以上に大切な要素があります。ここ最近話題になっているので、聞かれた方、あるいは既に本を読んでいる方がいるかも知れませんが、これは「非認知能力」と呼ばれる力になります。
非認知能力にはたくさんの能力が含まれています。
例えば、自己認識、動機づけ・意欲、忍耐力、自制心、メタ認知ストラテジー、などです。
中室氏によると、いくつかある非認知能力のうち、非常に大切だと言われているのが「自制心(意志力が強い・精神力が強い)」や「自己意識(やり抜く力)」です(上図参照)。
研究者によっては、自制心は「筋肉のように」後天的に鍛えることができるという人もいます。「背筋を伸ばせ」と指導され、それを忠実に守ることのできた学生は成績が伸びたことを示した研究があります。これは、背筋を伸ばすというような普段意識しなければやらないようなことを継続したことで、自制心が鍛えられ、それによって成績が伸びたと考えられます。
自制心については、その能力がもたらす成果についての研究報告があります。それが「マシュマロ実験」です。これはウォルター・ミシェル教授(当時スタンフォード大学)が行った実験です。
「私はちょっと用がある。それはキミにあげるけど、私が戻ってくるまで15分の間食べる のを我慢してたら、マシュマロをもうひとつあげる。私がいない間にそれを食べたら、ふ たつ目はなしだよ」
この実験の正確な結果が知りたいと思うので記載しておきますね。
<結果>
子どもたちの行動は、隠しカメラで記録された。1人だけ部屋に残された子どもたちは、自分のお下げを引っ張ったり、机を蹴ったりして目の前の誘惑に抵抗した。小さな縫いぐるみのようにマシュマロをなでたり、匂いをかぐ者もいた。目をふさいだり、椅子を後ろ向きにしてマシュマロを見ないようにする者もいた。映像を分析した結果、マシュマロを見つめたり、触ったりする子どもは結局食べてしまう率が高いこと、我慢できた子どもは目をそらしたり、後ろを向いたりして、むしろマシュマロから注意を逸らそうとする傾向があることが観察された。すぐ手を出してマシュマロを食べた子供は少なかったが、最後まで我慢し通して2個目のマシュマロを手に入れた子どもは、1/3ほどであった。
<ミシェル教授の気づき>
ウォルター・ミシェルの娘も実験に参加した一人だったが、娘の成長につれ、ミシェルは実験結果と、児童の成長後の社会的な成功度の間に、当初予期していなかった興味深い相関性があることに気がついた。そして1988年に追跡調査が実施された。その結果は、就学前における自制心の有無は十数年を経た後も持続していること、またマシュマロを食べなかった子どもと食べた子どもをグループにした場合、マシュマロを食べなかったグループが周囲からより優秀と評価されていること、さらに両グループ間では、大学進学適性試験(SAT)の点数には、トータル・スコアで平均210ポイントの相違が認められるというものであった。ウォルター・ミシェルはこの実験から、幼児期においてはIQより、自制心の強さのほうが将来のSATの点数にはるかに大きく影響すると結論した。2011年にはさらに追跡調査が行われ、この傾向が生涯のずっと後まで継続していることが明らかにされた。
<この実験の結論>
被験者の大脳を撮影した結果、両グループには、集中力に関係するとされる腹側線条体と前頭前皮質の活発度において、重要な差異が認められた。同実験は、スタンフォード大学で「人間行動に関する、最も成功した実験のうちの1つ」とされた。
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一般的な解釈では、この実験で自制心が「あると見られた子」と「そうではなかった子」の成長を追ったところ、後者に比べて前者はアメリカの大学入試で使われるSATという大学進学適性試験の点数が高かったことがわかっています。また別の実験では、自制心を調べる実験に参加した4歳児を32歳まで追跡調査し、自制心のある子は所得が高く、健康状態がよく、貯蓄率が高いなどの結果を得ています。こうした研究によって、自制心の強さという「非認知能力」は20年、30年経ってもよい影響をもたらすと考えられています。
ここまで読んでみて、子どものころの「非認知能力」、特に「自制心」がその後の人生まで左右するとしたら、自制心を身につけさせないといけないと考えるのが普通ですよね…
しかし、何事も右左、表裏があります。この実験結果においても、ポジティブに捉えるだけでなく、ネガティブな形で捉えている実験研究はないかと探してみました。ありました!
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この実験には後日談があります。この実験はあまり語られることがありませんが、非常に大切な視点なのでここに記載しておきます。
さて、ミシェル教授の実験結果から明らかになったことは、あなたの子どもたちへの教育にはとても役立つ内容でした。繰り返しになりますが、「自制心がある子」の成長追跡においては、SATの点数が高い、所得が高い、健康状態がよい、貯蓄率が高いという結果でした。その解釈は、子どもの頃の「非認知能力」、ここでは自制心の強さは、その後の成長過程における優位性があったということでした。
しかし、ワッツ教授らの再現実験での検証結果は、それとは違うものでした。こちらも繰り返しになりますが、こちらは「家庭の年収」との関係、家庭の経済的背景との相関が高い、その後の成功の要因としては「2個目のマシュマロ」よりも経済的背景が大きいと結論づけています。経済的背景とという原因から導かれた結果であり、原因と結果の関係(因果関係)ではないとの解釈です。
ここでは、どちらを信じるというよりも、実験結果にかかわらず「非認知能力」は子どもの成長にとってとても大切な能力であると言うことです。
あなたの子どもや生徒のちょっと気になる点は、きっとこの「非認知能力」の足りなさにあるのではないかと仮説立てています。
何かができる、できない、あるいはできるようにならない、できるようになったなど、瞬間的な事に一喜一憂せず、子どもたちをゆっくりと眺め、あくまでもやさしく接し、どこまでもやわらかい対応を心掛けたいものです。
最後に、中室氏の別の雑誌に掲載されたことばを引用して締めたいと思います。
“私は個人の自説にすぎないものに過度に信頼を置くのではなく、少々難しくても専 門家の発信のほうがはるかに信頼がおけるということを強調したいと思います。一般の方が思うより、教育に関する研究には多くの専門家が関わっています。教育学はもちろんのこと、心理学、行動遺伝学、社会学などの分野でも研究が進み、近年ではビッグデータと呼ばれる大規模データを用いた研究も行なわれるようになってきています。
実は、私 が『「学力」の経済学』に書いた内容は、経済学者にとっては何ら新しい内容ではなく、全員がすでに知っていることばかりです。でも、一般の人にはほとんど知られてい ない。私がこの本を書こうと思ったのは、アカデミアの世界では当然のように知られていることを、専門家ではない多くの方にも知っていただきたいと考えたからなんです。”
今後も多くの専門家の意見に耳を澄まし、多くの情報から子どもたちにとって「有益な情報」を収集でき、教育や生活に役立てていきたいものですね。
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今日も最後まで読んでいただき、どうも有り難うございました。
これらの情報があなたやあなたの子ども、そして生徒たちにとって有益な情報であればうれしいです。
それでは、また。Ciao☆彡
【引用・参考書籍】
・中室牧子著『「学力」の経済学』ディスカバー21
・西内啓著『統計学が最強の学問である』
・Mischel, Walter; Ebbesen, Ebbe B.; Raskoff Zeiss, Antonette (1972). “Cognitive and attentional mechanisms in delay of gratification.”. Journal of Personality and Social Psychology 21 (2): 204–218.
・Tyler W. Watts, Greg J. Duncan, Haonan Quan:Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Delay of Gratification and Later Outcomes (2018)